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【投稿作品】それぞれのラストシーン

たかしんに氏たこ氏あさぎり氏第9幕&あさぎり氏第10幕猫野丸太丸氏 ・うさ氏英明氏フレッシュイア氏

猫野丸太丸

GTO第9話
 

 

 アタシは朝6時に起きた。いや、ほんとうに夕べから眠れたのだろうか。ソファから起きあがると背骨がぼきぼきいった。口の中に溜まった歯槽膿漏の血混じりの茶色いものを近くのティッシュペーパーで拭う。アタシの身体はいま醜く膨れ、実年齢よりはるかに老けていた。
 あの男――アタシの身体を乗っ取ったあのオヤジ、高畑 康夫は、アタシのベッドでまだ寝ている。
「う、ううん」
 かわいらしい寝息がしたので驚愕した。あいつがあんな声を立てられるなんて、笑ってしまう。でもアタシはオヤジを起こすなと言われている。つま先立ちで歩き出すと、寝ていたときに着ていたランニングシャツの上に直接、脱ぎ散らかしたままだったYシャツを着る。寝圧ししていないスラックスは裾のところが擦り切れ、親指の爪が引っかかった。洗面台に向かおうとしたが足はそっちへ進まない。このオヤジは、朝も顔を洗わないのだ。
 つかのまの独りの時間、でも自由な時間ではない。オヤジのやつがゆうべアタシの行動をオート設定にしていったのだ。つまりアタシは今日一日、このオヤジの身体がもともとしていた日常生活を強制されているのだ。


 朝御飯もそこそこに家を出る。玄関を掃いている隣のおばさんに挨拶もせず歩く。磨いていない革靴がぬかるむ。駅には、朝帰りのホストみたいだけど目つきのおかしな奴らがいた。
「来た来たぁ、今日のぶったくんはいくら持ってきたかなー」
 アタシは物陰に引っ張り込まれた。
 それで一時間消費した。


 ビルの三階にある小さな事務所に着いたのは始業ぎりぎりだ。(オヤジは毎朝たかられる時間を計算して朝起きてるんだ。)出勤簿に判を押そうとすると、課長がそれをひったくった。
「でも、いまちょうど八時半じゃ」
「豚時間だ。おまえは仕事はじめるのに他人の倍、手間がかかるだろうが。文句があるんならもっと早く来い」
 課長はそう言うと、出勤簿を片づけてしまった。それきり相手にしてくれなくなったので、なにをしていいか分からずアタシはしばらくぼうっと立っていた。
「ほら邪魔」
 女子社員に押されて、しぶしぶ自分の席へ向かった。去り際につぶやかれる。
「ひげぐらい剃れよ」
 もちろんちゃんと剃りたかった。でもあの男が二重顎の間の部分を剃らせなかったのである。
「ええと、アフリカツメガエルの声帯を百二十セット、西小学校に……」
 仕事が始まった。電話がどんどん鳴る。
「すいません、声帯ってカタログに載ってない」
「『成体』だこの馬鹿。いちいち聞きに来るな!」
 アタシは漢字が読めない。携帯は打ててもキーボードなんか触ったことない、それでもアタシはやつの命じるまま、注文を受け、震える字でメモを取り、コンピューターに打ち込んでいった。
 皆が弁当屋から届いた昼食を取っていくので、自分も一つ取ろうとしたら阻まれた。
「豚さんはまだ仕事、終わってないでしょう。」
「いつも間に合わないから頼んでませんよ。」
「まあダイエットになるから、ちょうどいいんじゃないか」
 あはは。お昼のテレビドラマの感動的な場面をバックに、皆が幸せそうに笑った。
「す、すいません」
 アタシはまた謝った。

 午後、やっと伝票がまとまった。
「あの、すいません、書類……」
「はあ、そこ置いといて」
 女子社員はこちらを向かずにそうつぶやくいた。いつまでも書類が帰ってこないのでおかしいと思い見に行くと、ゴミ箱に捨てられていた。
「あの、書類……」
「そんなコチョコチョっと汚らしい字で書いたのが役に立つわけないでしょうがっ」
「ごめんなさい、書き直します」
「直さなくていいっ、もうやっといたから。まったく豚のおかげでまたこっちの仕事が増える」
 アタシは悟った。たしかに毎日がこれなら、このオヤジは結果的に少しも仕事をしていないことになる。
「おいこら、豚!」
 課長に呼ばれた。振り向くと机の上の伝票の山が崩れる。立ち上がると電話が落っこちて嫌な音を立てる。「あーあ、また怒られた」「豚クビ、豚クビっ!」と、失笑が漏れる。
「なんで伝票に保冷のこと書いとかないんだ、カエルが死ぬだろうが!」
 そのミスは、さっきの女子社員がしたものだ。もちろん課長にそんなこと言ったら、かえって怒らせるだけだろう。
「クールのK、クールのKだ覚えとけ」
 CoolがCだってことくらい、アタシにだって分かる。でもこの男の身体はおとなしく、
「はい、すいません」
というだけだった。アタシ、今日何回「すいません」「ごめんなさい」と言ったのだろう。しかもなんの意味もない謝罪を。


 アタシがもとの姿だったときには他人に謝ったことなんかなかった。どうせ親や学校の先生に頭を下げたところでお説教は減らないから、アタシは下を向いてじっとしているだけだった。アタシが「ごめーん」とか「ごめんちゃい」とか言うのは相手が許してくれるだろうときだけで、そして必ず許された。


 アタシの人生が甘かったとでもいうの。違う。このオヤジが口のききかた、他人とのコミュニケーションの取りかたというものを知らないのだ。この姿のせいで不幸続きだって? アタシは帰りの電車で酔っぱらいに絡まれながら、汚い汗を噴きだし続けるあの男の酸っぱい身体を眺めた。そりゃそれもあるけど、こいつのこころ自体が腐ってるんだ。こいつの魂が本質的にいじめられるようにできているんだ。
 そしていまアタシはオヤジと全く同じ行動をとるようにプログラムされている。アタシは
「痛えな」とつぶやいた。
「なんだとおらっ」
 酔っぱらいのパンチが、顎をとらえた。


 アタシの身体のオヤジは、その日もアタシの友達と遊んだらしい。イクスピアリとか行ったんだよぉ、とか言っているが、それだけのはずがない。膝に小さな傷があるのに気づいたが、おまえには関係ないと言われただけだった。
「おい、どうも股が痛いんだが、なにかないか?」
 いったいなにをしていたんだろう。アタシが黙って婦人科用の軟膏を差し出すと、風呂上がりのオヤジは裸であぐらをかいて股に擦りこんだ。


 翌日もおなじことの繰り返しだった。頭痛にさいなまれながら、帰りに駅前のラーメン屋で大盛り半チャンラーメンと餃子を掻き込む。ストレスと空腹を無理矢理癒す。そうやってまた、太っていく。通りで犬に吠えられても、うるさいと思うより先に、頭の中には「すいません」という言葉が浮かぶ。
 オヤジはこんな生活をしていて、どうして今まで生きてこられたのだろうか?
 ただ、若い女の身体を手に入れることだけを夢見ていたのだろうか……?



 三日目の午後、アタシは難しい電話がかかってこないかとびくびくしながら仕事をしていた。突然懐かしい呼び出し音がした。アタシの携帯だ。ポルノグラフィティのサウダージ……。まだ幾日も経っていないのに、一瞬遠い昔のことが思い出されたかのような気がした。
「はい」
「いますぐ戻って来いっ! 俺を助けろぉ!」
 アタシが急に立ち上がったので、サンプルの山が隣りの机に倒れこんだ。
「ちょっと、なにすんのよあんた、サンプルが壊れるじゃない!」
 隣の席の女子社員(机にアタシとの境界を作るためにサンプルを積み上げたのはこいつだ)がアタシに突っかかってきた。アタシがつかまれた腕を振り回すと、女子社員が真後ろに倒れてゴン、という音がした。
「あ、切ーれた、豚がキーレタ」
「他人に暴力を振るっちゃいけないんだぞ−」
 そう笑いながらも、社員どもはアタシの形相に恐れをなして近づいてこない。それでもアタシが出ていこうとすると、課長が
「こら、豚っ。まだ就業時間だぞ」
と、止めようとした。アタシは手近にあった1kg分銅を課長の顔面めがけて投げつけた。 抵抗する者はいなくなった。アタシはロボットのように、いやロボットとして一直線に自宅へと向かった。


 途中でなにか踏んだような気がしたけど、吹っ飛ばしたのでよく覚えていない。それなのに電車の中ではいつものオヤジのように貧乏揺すりしたり頭を掻いたりするのがいちいちプログラム通りで、馬鹿馬鹿しかった。通勤時間から外れていたから席はわりと空いていたんだけど、それにしてもロングシートの真ん中に陣取っているアタシの周りに人が寄りつかないのは、アタシが臭いからだろう。


 家に着くと扉が半開きになっている。怪しい。アタシはこっそり覗こうとしたが、このオヤジの身体がそんなことできるはずはない。アタシはまっすぐ家に入ることになった。中には、ガムテープで縛られたアタシの姿が転がっていた。部屋にいた男を見たとたんオヤジの身体が震え、アタシは「アレが縮み上がる感じ」を味わされる羽目になった。こいつ、毎朝駅前でアタシを脅してる奴だ……。もう一人は、なんで勝巳がいるの、しかもズボンを下ろして?
「なんだおまえ。ここになんのようだぁ?」
 チンピラのほうが向かってきた。アタシは避けようとしたが、このオヤジの身体がそんな機敏に動けるはずがない。だいいちアタシが怖くて動けない。腹を殴られる前にかろうじて
「勝巳、なんで」
とつぶやくのがやっとだった。


「んー、おっさん、なんで俺の名前を知ってんのよ。」
「だってこのオヤジ、俺のオトモダチだからよー。毎朝駅ではお世話になっておりまっす。いや奇遇ですねえ、美由紀ちゃんのお父様でらっしゃったんですかー。」
 チンピラがアタシの吐物で汚れた指をYシャツの裾で拭った。
「いや、違うはずよ。あ、お父様じゃなくて『パパ』の方かな?」
「いくら金持ってたって、これはないだろー。」
ガムテープで縛り上げたアタシの腹を、チンピラが「ボンレースハムー」と言いながらぴしゃぴしゃと叩く。
「ま、いっか。おいみーゆきー、あんなふっざけた電話一本でコケにしやがってよ、それでただで済むと思ってんのぉ。今日は浮気調査で来たかんな、ロンブー兼カレシよ、俺たち。」
 勝巳がアタシの身体から下着を剥いだ。結局勝巳も、そういう奴だったということなの。
「おー、終わったら回せや。」
「ま、どっちにしろそのうちこうなる運命だったのかな。ひゃは、いいじゃん、前はかったるいセックスしやがったから、不感症なのかと思ったぜ。実はマゾヒストだったんだなぁ、美由紀ちゃん……。こんなオヤジと寝てたくせに俺とは嫌だってのか、このメス豚ぁ!」
 勝巳のパンチが飛んだ。アタシは顔を背けようとした。
「おら、オヤジ。こんな激しいの見たことないだろ? せっかくだから鑑賞しとけや。」
 チンピラがアタシの顔を無理矢理絡み合う二人のほうへ向けた。目の前でアタシが無抵抗に勝巳に犯されている。きっとリモコンで感度と耐性を上げたままだったのだろう、そのみっともないのたうち回り方はたしかに、犬みたいだった。
「やっと分かったぜ、美由紀ちゃんって小学校のころいじめられっ子だったろ? 授業中に漏らしちゃった娘、そう、あの感じなんだよぉ!」


 いまさらアタシはなにを泣くのだろう。勝巳はもともとちょっと乱暴な方だったけど、何回も寝た仲になれたじゃない? いや、違う。ぜんぜん違うのだ。オヤジと入れ替わる前のアタシの生活はもっとタイクツでユウウツだったけど、もっと微妙な、大切なものがあった。
 それをオヤジが全部壊した。
 今の肉欲に溺れる勝巳の眼は、あのオヤジと変わらなかった。高畑 康夫の魂が狂気のスイッチをひねってしまったのだ。オヤジの職場だって、オヤジがいなければあんなぎすぎすした雰囲気ではなかっただろう。


 あの言葉が浮かんだ。
「俺は生きてる限り不幸だ。存在自体が不幸だ。」
 その不幸からは、周囲の他人すら逃れられないんだ。

 勝巳がアタシの唇を欲しくなったのだろう、つい口をふさぐガムテープを歯で剥がしてしまった。オヤジがすかさずアタシの声で言った。
「こいつらを殺せぇっ!」

 システムRのスイッチが作動した。アタシの手足を縛るガムテープが切れ、アタシの右肩と一緒にチンピラの顔が吹き飛んだ。ナイフが腕に刺さっているのに振り回す。チンピラが許しを乞うような姿勢を取ったけどその腹に傘が突き刺さる。
 勝巳は脚に引っかかったジーンズのせいでうまく動けなかった。そのまま股を握りつぶされた。泣いてる勝巳がアタシの肩の上、アタシはそのまま2階から放り投げた。


 気がつくと血溜まりのなか倒れていた。アタシの姿をしたオヤジはどこかへ逃げたのか、姿が見えない。
 なんだか寒い。でもあの男、高畑 康夫からこれで解放されたのかもしれない。

 このまま死なせて欲しい、ううん、できれば次に目が覚めたら別世界で、優しい勝巳がいて、アタシはお姫様みたいに……


 しばらくそうしていたあと、アタシは病院にかつぎ込まれた。意識が遠のくまま手術が行われ、包帯ぐるぐる巻きになったアタシは部屋の様子すらよく分からなかった。警察官がなんか聞いてきた、アタシは上の空で答えた。やさしい看護婦さんが来るたびに、アタシの身体は回復してきた。
 きっとアタシは自由になったんだ。
 あの三日間が現実だったのか、それとも夢だったのかさえはっきりしない。もうこの身体がどっちだったっていい、ただこうしていれば、悪いものが全部抜けて人間に戻れるような気がした。
 お見舞いの人が来たという。きれいな女の人の声だ。アタシは目を開いた。目の前に、サンタの格好をしたアタシがいた。
「探したぜえ。メリー・クリスマス!」
 アタシがにやりと笑った。


 北海道の遅い春とともに農場に住み込んだ二人がいた。男の方は他人の倍は働く今どき珍しい脱サラの壮年だった。貧しいながらも暖かな二人、すっかり筋肉の付いた二の腕に農具をかついで星の見えるうちに家を出る男。その男を見送る女性は、男の娘だろうか、妻だろうか? 同じ農場の者たちが尋ねるが、娘は笑ってごまかすだけだった。きっと駆け落ちした二人なんだわ、ロマンチックね、ちょっと娘の方は嫌な感じだけど、とおばさん連中は噂した。

 日暮れ、男が風呂から上がると、食卓には覚えたてのジャガイモシチューが並んでいた。娘が優しそうにつぶやいた。
「幸せだなあ、おい。」
 身動きひとつ取らぬ男の肩に、ゆっくりと指を沿わせる。
「最近は男とやるのも慣れちまった、あれ以来病みつきなんだ。今日もミルク搾りの若造誘ったら、がたがた震えちまって、かわいいったらありゃしねえ……」
 そして耳元でささやく。
「おまえのお陰だぜ、いつまでも奴隷お疲れさま。み、ゆ、き、ちゃん!」


 


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 こんばんは、猫野 丸太丸です。最初にGTOを読んだのはdark Roses.新設の時だったではないですか。投稿がいっぱいあって、ダークの幅も広がりました。ダークは単にバッド・エンドや18禁を意味しないというジョーカーさんの信念を、広く知らしめた出来事でした。
 そのなかでGTOだけは! まごうことなき深淵でありました。

 

 あとはGTO完全版を待つばかりなのであります。

 

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